さらに続き |
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| その日の夜。 「………………っ」 廊下に人の気配を感じて、僕は眠りかけた頭を覚醒させた。 誰の気配なのか考える必要もない。刀部さんの気配に決まっている。 ……それ以外だったら多分彼女に即刻撃退されてるし。 だが、すぐに僕は違和感を憶える。その気配が玄関の方に遠ざかっていたからだ。 一瞬、僕に愛想を尽かして出て行こうとしてるのではないかと思ったが、すぐに僕はそれを否定した。 刀部さんならばそんな時でもしっかりと挨拶をしてから去っていくだろう。 僅か2,3日ほどの付き合いだが、彼女はそういう生真面目で誠実な性格だと僕には何故か確信できた。 だからこそ、彼女が外に出かける理由がわからなかった。 (よし、ここは主として知っておく必要があるな) 僕は心中で自分にそう言い聞かせ、彼女の後を尾けようと足音を殺して彼女の気配を追った。 あくまで主としてであって、別に刀部さんの私生活を知りたいとかそんなやましい気持ちではない。……ないからな? 僕は足音を忍ばせ、玄関から出ていった刀部さんの跡を追う。 流石に日も変わる頃となると人通りも少ないので、刀部さんを見失う事はない。 まぁ、その分見つかるリスクも大きいのだが今の所その様子はないようだ。僕ってもしかしたら尾行の才能があるのかもしれない。 「オーケィ、良好だスネーク」 調子に乗ってそんな事を呟きながら角を曲がると 「スネゑク?」 僕の言葉に不思議そうな顔をした刀部さんがそこに立っていた。 …………スネェェェェェェェェェェクッッ!! 「何か御用があるのならば随伴いたしますが……」 刀部さんがじっと僕を見る。その真摯な眼にとても後ろめたいものを感じずに入られなかった。 「あはははははははははは」 とりあえず、笑ってその空気を吹き飛ばそうとしてみた。 「……………………」 ……だが、結果は全くの無反応だった。 せめて怒るなりなんなりしてくれればこちらもリアクションの取りようがあるのに…… 「……………………」 「ごめん。刀部さんが一人で外に出ようとしてたから、つい気になって後を……」 沈黙に耐えかねた僕は正直に白状する。 すると、刀部さんは無念そうな、あるいは悔しそうな顔をして言った。 「……いえ、全ては気を乱し殿の眠りを妨げた私の咎です」 「いや、ただ僕が夜更かししてただけだから……」 僕は刀部さんにフォローを入れる。 「それならば、それを察するが侍従の務め。殿に気配を感じさせてしまった、私が未熟者であるというだけの話です」 しかし、刀部さんはそれを跳ねのける。……彼女はとにかく自分に厳しかった。 「あぁ……うん、まぁ、……あ、と、ところでさ、刀部さんはこんな夜中に何処に行く予定だったの?」 このままだと押し問答状態になりそうだなと思った僕は、僕はいささか強引に話を変える。 「そ、それは……」 すると、刀部さんが珍しく口ごもった。 「……どうしたの? 言いにくい事なら無理に聞かないけど……」 「あ、いえ、そういう訳ではないのですが……」 「……?」 彼女にしては珍しく歯切れが悪い。 しばらく待っていると、刀部さんが言いにくそうに言葉を続けた。 「その……日々の鍛錬ですので……殿のお目汚しになるのではないかと……」 そういう事らしかった。 僕は彼女に杞憂だと教える為に、笑顔を見せて答える。 「そんな事ないから大丈夫だよ。それに、一度しっかり刀部さんの剣を見てみたいしね」 「っっっ! ………………わ、わかりました」 刀部さんは、顔を真っ赤にして僕の言葉に答える。……そんなに恥ずかしいのかな? 「そ、それでは鍛錬場所はこちらになります」 「うわ、ちょっと待ってよ刀部さん」 そう言うなり移早足で移動を始めた刀部さんの後を、僕は慌てて追いかけるのだった……
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続き |
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| 「こりゃあ……凄いな……」 「サナサナ……これは気合入りすぎじゃない……?」 「ふむ、中々に大した腕よの」 お昼休み、僕たちが早苗ちゃんのお弁当を空けた瞬間にそれぞれから感嘆の声が漏れた……ってちょっと待ってください。 「……なんで先輩がここにいるんですか?」 「む、何か問題があるかの? あるというのならここから去るが」 発した言葉に対する認識が壊滅的にずれていた。流石は先輩といったところか(ちなみに、後ろで立上さんがこめかみを抑えているのが眼に入った。……苦労してるようである)。 「……いや、そういう事じゃなくて。 なんで僕がこの場所を教えていないのに先輩がこの場所を知っているのかな、と」 再度発した僕の問いに、先輩はいつも通り扇子で口を隠した意地の悪い笑顔を浮かべて答えた。 「なに、ヌシの友に居場所を尋ねたら快く教えてくれたわ」 チュウタツの野郎、存外に口の軽い……とりあえず、昼休みが終わったら問い詰めてやる。 「しかし、これは実に手の込んだものだのう。よければ、ワシにも一口……」 「ダメです」 みなまで言い切る前に、早苗ちゃんは先輩の申し出を切って捨てる。 僕は構わないんだけどなぁ…… とはいえ、ご馳走されている立場としてはシェフの意向に逆らうわけにも行かないので、とりあえず僕は目の前のお弁当に箸を伸ばす事にする。 早苗ちゃんのお弁当は昨日の刀部さんの純和風の物とは対照的に、少量のパスタにハンバーグ、さらにはポテトサラダといった洋風のお弁当だった。 僕がその味に舌鼓を打っていると(刀部さんのお弁当に勝るとも劣らない美味しさだった)、先輩が再び早苗ちゃんに尋ねる。 「のう、やはりワシに譲っては……」 「ダメです」 やはり一言で却下だった。 「……サナサナ、なんか怖い……」 鈴川が微妙に怯えた様子で呟く。……珍しく同感だ。 「ふむ、それでは仕方がない」 先輩が残念そうな様子で、早苗ちゃんの言葉に従った。 随分とあっさり引き下がったなぁ、などと思いつつ僕はハンバーグの最後の一切れを箸でつまむ。 そして、それを口に運んだのとほぼ同時。 先輩が邪悪な笑みを浮かべて、僕の方を向いて、言った。
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タイトル命名。名前は以降「フォーカード」で |
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| 「ふぁぁぁぁ……」 「お眠たそうですね、殿……」 通学路で盛大に大あくびをした僕を見て、刀部さんが苦笑を浮かべて僕に声をかけてきた。 「あー、うん、夢見が悪くて全然寝れなくて……」 ……嘘は言ってない。昨日の夜、淫夢を見てしまってほぼ一睡も出来なかったのは事実だ。 しかもよりによってあったばかりの先輩の…… 「それは私が来たからというこ……」 「あぁ、それはないから大丈夫だよ」 僕が考え込んでいたのを誤解したのか声をかけてきた刀部さんが皆まで言う前に、僕はその言葉を遮って否定する。 昨日も、そして今日の朝も家事一切をやってもらっているのに余計な気苦労まで負わせてしまってはバチが当たる。 まぁ、寝たりない分については授業中に補う事にしよう。幸い、ウチの学校は騒いだりしなければその辺については鷹揚な教師が多いし。 僕が回らない頭でそんな事を考えながら歩いていると、後ろから大きな声が聞こえた。 「センパーイ! おっはようございまぁーすっ! ラヴー!」 僕がその声に振り向くと、鈴川が僕の腰に飛びつこうとして……刀部さんに空中で一回転させられていた。 「……鈴川、お前には学習能力というものがないのか……?」 「先輩知らないんですか愛というのは障害があればあるほど燃え上がるものなんですよつまりこんなに大きな障害がある私と先輩はウルトララヴラヴなわけですよイヤン恥ずかしい」 僕が鈴川に呆れ半分でそんな声をかけると、刀部さんから解放された鈴川は立ち上がりながらそんな事をのたまった。 「……前半は一般論として正しいが、後半は間違ってるな」 「ぶー、先パイつれないですイケズです」 僕のそっけない対応に子供のように膨れっ面をして抗議する鈴川。 ……そんなんだから恋愛対象とは考えれないわけだけどな……。 「メ、メイちゃん……武屋先輩疲れてるみたいだし……」 猛ダッシュしてきた鈴川にやっと追いついた早苗ちゃんが、鈴川のマシンガントークをやんわりとたしなめる。 うぅ、早苗ちゃんは相変わらずいい子だなぁ……。まぁ、相手が鈴川なんだからもっと強く言ったっていいと思うけど。 「ぶー、サナサナもイケズだー。サナサナだって先パイの事がす……」「メイちゃんっっっっっ!」 何かを言いかけた鈴川を、顔を真っ赤にした早苗ちゃんが大声をあげて後ろから両手で口を塞いだ。 驚いた鈴川が手足をバタつかせて、抗議する……って、あれ? 「えと……早苗ちゃん?」 「な、なんでもないです、なんでもないですから、武屋先輩っ!」 顔を真っ赤にして不自然なまでの否定の言葉を返す早苗ちゃん。……うん、どうやら気付いてないみたいだ。 「あ、いや、さっき鈴川が言いかけた事を聞こうって言うんじゃないんだ」 確かにそっちも気になるが、むしろ今言おうとしてる事の方が急を要するし。 「今、早苗ちゃん、鈴川の口と鼻を両方塞いでるから離してあげたほうがいいと思う」 「……え?」 言われて、早苗ちゃんが鈴川の顔にやった両手に視線をやると、その視線の先には微妙に土気色になった鈴川の顔があった。 「きゃぁぁぁっ、メ、メイちゃん!?」 早苗ちゃんが慌てて鈴川の顔から手を離す。 「……ハァハァ……うっかり口を滑らしかけただけで死にかけるとは思わなかったです……」 「自業自得だな。『口は災いの元』って言葉を頭に刻み付けとけ」 荒い息で呟く鈴川に僕はツッコミを入れる。 そうこうしていると、僕たちの後ろから綺麗なソプラノの声が響いた。 「ほほぅ、何やら騒がしいと思うたらヌシらか。朝も早くから元気よの」 その声に頬が上気するのを感じる。その声を──なにより、その独特な喋り口調を間違えよう筈もない。 僕が声のした方向に顔を向けると、そこにはやはり予想通りの人物──昨日、僕の夢に出て来た九宝院先輩がいた。 「おはようございます、先輩」 夢の事は、夢の事。 僕は自分にそう言い聞かせると、努めて平静を装い先輩に挨拶する。 だが、先輩はそんな僕を見て一言。 「む? ヌシ、何かワシに思うところがあるのかの?」 「いぃっ!?」 先輩が僕の動揺を一発で看破する。……読心でもできるんじゃないだろうな、この人。 「ふふ、顔の筋肉の動きを見れば大体の思考はわかるものよ。 特にヌシは顔に出やすいタイプのようだしのう」 また思考を一発で看破されたし……もう、何かどうでもよくなってきた…… 「……武屋先輩、九宝院先輩とどういう関係なんですか?」 そんな達観した気分になっていた僕に、早苗ちゃんが声をかけてきた。 「えーと、昨日会ったばかりだけど……」 「その割には随分と仲良いんですね」 僕に返す言葉に棘がある気がするのは気のせいか。 特に怒らせるようなことは何もしてないと思うんだけど…… 「……ヌシ、本当に気づいてないのか?」 先輩が呆れたような声で、僕に声をかけてきた。 「……? 何の話ですか?」 「……天然なのじゃろうが、大したものよの……ま、これはこれで面白くなりそうじゃから良いかの」 感心し、そして一人納得したようにたように先輩が呟く。……一体何の話なんだ? 「あの、先輩。それはどういう……」 「どうでもいいが、ヌシらそろそろ急いだ方が良いぞ?」 僕が先輩の発言の真意を確かめようとすると、先輩が僕の発言を遮って声をかけてきた。 「へ?」 僕が虚を突かれて間抜けな声を出すと、先輩はそれを見て楽しそうにさらに言葉を続ける。 「ゆるりとしておると遅刻するぞ。まぁ、それもまた楽しみかも知れぬがの」 言われて僕が腕時計を見ると、時間は急いでギリギリの時間となっていた。 「うわうわ、急がないとです、センパイ!」 「誰のせいだと思ってるんだ、この馬鹿!」 「そ、そんな事言う前に走りましょう、二人とも!」 そんな風に騒がしく走り始めると、先輩が僕の脇を走りながら耳打ちした。 「ふふ、何故ワシをみてうろたえたかは後ほど聞かせてもらうぞ。ゆっくりとな」 そういって楽しそうに笑う先輩を見て、僕は更なる波乱の予感に背筋にうす寒いものを感じたのだった……
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その2 |
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| 「……疲れた」 僕は、HRが終わるなり思わずため息をついた。 昨日の夜から今に至るまで色々ありすぎて、心を落ち着ける暇が全く無い。ため息の一つも出ようと言うものだ。 だが、あとは帰るだけである。家に帰れば多少は落ち着く事も出来る。 早苗ちゃんたちは用事があるそうだし、これ以上の騒動も起こるとは思えない。 ……だが、そんな考えが甘かった事を僕は直後に思い知った。 「それ」が起こったのは、階段だった。 その時、僕は「今日の晩飯は肉にしようか魚にしようか」とどうでもいい事を考えていたので「それ」の予兆を掴む事が出来なかったのだ。 そして、「それ」は唐突にやってきた。 人の動く気配。 体が宙に浮く感覚。 突然目に入る薄汚れた天井。 そして、背中に伝わる軽い衝撃。 つまるところ、僕は完璧に「投げられた」のだ。 しかし、いきなりの事に軽い放心状態に陥っていた僕は、その事にすぐに気付けなかった。 「貴様……殿に狼藉を働くとは……許せん!」 僕を正気に戻したのは、刀部さんの怒りを隠そうともしない声だった。 刀部さんの手が背中の刀に伸びる……って、おい!? 「それはこちらの台詞! お嬢様に軽々しく触れようなどとは不届き千番! この拳によって二度とそのような事が出来ぬよう成敗してくれる!」 僕を放り投げた人物──ショートカットの中性的な顔をした男子の先輩(ウチの学校は靴の色で学年がわかる)が、それに答えるように言葉を返す。 なんだか、ひどく剣呑な雰囲気だった。 流血沙汰になりかねないその勢いに、僕は慌てて刀部さんを止めに入った。 「と、刀部さん! 僕が不注意だったんだから止めて!」 「……止めぬか、剣人」 僕が刀部さんを止めるのとほぼ同時に、静かだが威圧感のある声が響いた。 「し、しかし、殿……」 「『しかし』も何もない! 流血沙汰になるような事は絶対に駄目! これは命令だから!」 僕は本気で刀部さんを叱る。 流血沙汰なんか見たくなかったし、それが怒ってしまったら相手に、そしてなにより刀部さん自身にも振りかかるのは不幸だけだ。 「は……申し訳ありません……」 彼女が僕の為を想い動いてくれているのは知っている。だからこそ強く言ったのだけど、ちょっと強く言いすぎたかもしれない…… 「……済まぬの。こやつにも悪気はないのだ。許してやってくれ」 僕が心中で反省していると、先程の声の主──扇子を持った、独特な言葉遣いの先輩が僕に頭を下げて来た。 長く透き通るような黒髪と艶のある美貌に、状況を忘れて一瞬眼が取られるがすぐにそれを吹き飛ばす。 「いえ、元々はこちらの不注意ですから……こちらこそ、すいませんでした」 先輩の丁寧な態度に応えるように、僕も慌てて頭を下げ返す。 「ほほ、それはこちらも同様じゃ。 ヌシが頭を下げる事ではない。それともワシも頭を下げたほうがよいかの?」 先輩は扇子で唇を隠しながら、僕をからかうように上品に笑う。 その仕草に、思わず先程まであった剣呑な雰囲気の名残が消えていく気がした。 しかし、僕たちのその様子を見て先程僕を放り投げた方の先輩が不満そうな声で呟く。 「……何もお嬢様が頭を下げられる事は……」 「黙れ剣人。相手に害意が無く単なる不幸な偶然であるのは明々白々。 なれば、主同士がお互いの非を認め和解をするが最良の道に決まっておる。 ……それとも、ヌシはワシがこれ以上の恥をかくことを望んでおるのか?」 独特の言葉遣いの先輩は、先程僕に頭を下げたのと同一人物とは思えぬ威圧感を見せる。 彼女が連れの男の先輩──名前は剣人と言うらしい──に扇子を突きつけて言うと、彼は膝を追って頭をたれて答える。 「差し出がましい口をはさみ申し訳ござりませんでした、お嬢様」 「うむ、分かれば良い。以後、気をつけよ」 そのやり取りは異常以外の何物でもなかったが、しかし、一欠片の不自然さも感じさせずにそれは進行されていた。 まるで、それがありふれたやり取りであるかのように。 この二人ってどういう関係なんだろう? 僕の頭にそんな疑問が浮かぶが、それが形になる前に新たな驚きが僕を襲う。 「重ね重ね済まぬの。 こやつは、あまり融通がきかぬのでな。気分を害してはおらぬか?」 「あ、いえ、大丈夫です……」 「ふふ、中々に寛容よの……ええと」 僕の答えに先輩は再び上品に笑い、言葉を続けようとして……そこで言葉が止まった。 どうやら、名前を呼ぼうとしてそれを聞いていない事に気付いたようだ。 「あ、武屋です。武屋 克己。後ろにいるのが、刀部 要さん」 「ほほぅ、ヌシが武屋か……なるほどのう……」 「は……?」 先輩の一人納得したような呟きに思わず僕は思わず妙な声を出してしまった。 ……僕はそこまで有名人ではないと思うんだけど……いや、まぁ、確かに一部の人間にはいわれの無い恨みは買ってるけど…… 「ほほ、こちらの事よ。ヌシが特に気にするような事ではない。 ……おぉ、そうだ。ヌシだけに自己紹介させては礼に反するな。 ワシの名は九宝院 麟華(くほういん りんか)。そして後ろにいるのが立上 剣人(たてがみ けんと)。以後、宜しくの」
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03/25(土) | トラックバック(0) | コメント(1) | フォーカード | 管理
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神降臨の成果 |
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| そんなわけで久しぶりのSS更新。 長くなったので今回は二つに分けて。
僕は詫びの意味もこめて、刀部さんのお弁当から手をつける事にした。 そう思って弁当の蓋を開けて、そして驚いた。 そこにあったのは、おにぎりにきんぴら、醤油の染みた煮物に卵焼きといった実に美味しそうな純和風の料理の数々だった。 落としたせいで若干偏りは出来ているものの、彩りの美しさも見事なものである。 とはいえ、そのまま見ているだけというのも間抜けなのでまず箸を手に取って弁当に向かい合う。 「……………………」 「……………………」 箸を持つ僕を刀部さんがじっと見つめている。 ……大変に食べづらいのだが、さっきの例もあるのであえて気にしない事にして、煮物から箸をつけ始めた。 一口、二口と味わうと、口の中にえもいわれぬ旨味が広がっていく。 食べた事は無いけれど、きっと一流料理人と呼ばれる人々の料理はこういう味なのだろう。 そう思わせるほど、見事な味の弁当だった。 「うん、凄く美味しいよ、刀部さん。わざわざ作ってくれてありがとう」 すぐに全部食べたい気持ちを抑え、僕は刀部さんへの礼を言った 「……いえ、お役目ですから」 しかし、刀部さんから返ってきたのは短く返事だけだった。 ようやく調子を取り戻してきたらしい刀部さんの対応に僕は思わず苦笑する。……刀部さんの頬に少し朱が刺してるように見えたのは、たぶん気のせいだろう。 少しそんな事を思った後、僕が再度箸を動かしそうとすると脇から声がかけられた。 「えっへっへー、先パイ。私たちもご相伴に預かっていいですか?」 僕の食べっぷりに触発されたのか、鈴川が僕のお弁当をねだってくる。 「ん、僕は別に構わないけど。刀部さんも良いよね。」 「……あ、はい。殿がよろしければ」 一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐに刀部さんから快い返事が戻ってきた。 「ありがとうございます、刀部先輩!」 鈴川は芝居っけたっぷりに敬礼をすると、自分の箸を手にとって卵焼きを口に入れる。 すると、鈴川は突然立ち上がって叫んだ。 「う・ま・い・ぞーーーーーーーーーっ!」 「……それは分かったから、座って静かに食え」 僕はせっせと箸を動かしながら、鈴川をたしなめる。こんな事で驚いてたり怒ってたりしてたらこいつの先輩は出来ない。 「ぶー、先パイノリが悪いです。美味しいもの食べたら涅槃に旅立ったりお城と合体したりするのは常識ですよ?」 膨れ面で無茶苦茶な事をいう鈴川。というか、お前はどこかの料理会の会長か。 「あ、あの……私も、その……お、お弁当、頂いていいですか?」 「もちろん。ほら、好きなのとって良いよ」 僕はそう言って、早苗ちゃんにお弁当箱を差し出した。 「あ、ありがとうございます……」 早苗ちゃんは、僕と刀部さんに礼をしてきんぴらに箸をつける。 上品にニ、三度顎を動かした後、喉を鳴らす。 「凄く美味しい……」 驚いたような口調で、早苗ちゃんはお弁当を見つめた。 ひたすらにじっと刀部さんのお弁当を見つめていた。……よほど驚いたのかな? 「……負けない」 僕が意識を再びお弁当に戻した直後、早苗ちゃんが呟いた。 「ん、何かいった早苗ちゃ……」 しかし、僕はその言葉を聞き逃してしまったので、聞きなおそうと顔を上げて……驚いた。 早苗ちゃんは僕の眼をじっと見据え、身を寄せてきていた。 「鬼気迫る」とでも表現するのがふさわしい早苗ちゃんの様子に、僕は思わず後ろに倒れかけた。 「武屋先輩、私、明日もお弁当作ってきてもいいですか?」 「あ、う、うん。もちろん、喜んで……」 早苗ちゃんの迫力に気圧されて倒れこみそうになりながらも、どうにか答えを返す僕。 「あ、ありがとうございま……すぅ!?」 僕の答えを聞くと同時に、早苗ちゃんから妙な迫力が消えていった。 同時に、驚いた顔をしたかと思うと、弾かれたよう一気に僕から距離を取った。先程までの迫力が嘘のようだ。 ……というか、さっきのやり取りのどこに早苗ちゃんの心に火をつけた所があったんだろう? 解けない問いに頭を悩ませながら、僕は昼休みの残りをお弁当との闘いに捧げなおした……
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03/25(土) | トラックバック(0) | コメント(0) | フォーカード | 管理
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いつにない更新停止状態 |
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| ほんとすいませんでしたぁっ!(土下座)
理由としては上司と大喧嘩して仕事やめたりとか、そのせいで体調崩して大風邪ひいたりとか、求職活動で忙しかったとかまぁ諸々あるのですが。少しは丸くなれ、俺。 しかし、そんな中SSの続きが書き上げられてるのは何故なのか(A:ただの現実逃避です) そんなわけで、後悔公開。
僕はお昼休みになると同時に、教室から逃げ出すように急いで裏庭に来た。 理由は二つ。まず、朝の一件で身の危険を感じたのが一つ。そして、もう一つは教室中に撒き散らされている剣呑な空気を振り払う為だ。 ちなみに、原因は言うまでもなく僕の後ろで「不審者は殺す」的オーラを発している刀部さんなのだが、僕の事を思ってしてくれている事なので中々文句も言いづらい。 そんな事を考えながら、僕は目的の場所に着いた。 その場所は体育館の脇にある、体育倉庫の裏手。だが、最終的な目的地はここではない。 僕は近くの木に立てかけある梯子を手に取った。 「これでよし、と」 僕は梯子を体育倉庫に立てかけるなり、いつものように素早くそれを駆け登る。 ここが僕の最終的な目的地だ。部活動に力を入れているウチの学校の体育倉庫は結構大きく、ご飯を食べるのには不自由しないくらいの大きさがある。 その上、ここは校舎からは体育館の陰となって見えない場所にあるので邪魔される事もほとんど無いという、その快適さに比べて知る人間の少ない盲点のような場所だった。 そういう訳で、今日のように誰にも見つかりたくない時や一人になりたい時にこの場所は重宝している。 「……殿、如何な危険が待ち受けているか分かりません。この様に先に誰がいるか分からぬ時は私を先行させて下さいませ」 刀部さんも、僕が登り終えるのを追うように登ってきたが、その表情は憮然とした物だった。 どうやら、僕が先に行った事を怒ってるらしい。まぁ、彼女は僕を守ってくれてるわけだし、その気持ちは分からないでもない。 あ、でも、先に行くって事はつまり…… 「あ、いや、でも、その、刀部さん、スカートだし……」 僕がその言葉を口にした瞬間、刀部さんの顔が一瞬でリトマス試験紙のように真っ赤になった。 「そ、そ、そそそそそのような事はままま全くもももも問題あああありません!」 そして、先程までの彼女では考えられないほどに狼狽した様子で言葉を発する。 ……どうやら、僕に言われるまで全く気付いていなかったようだ。 生真面目一直線だと思っていたのだが、意外と天然というか可愛い所もあるみたいだ。 「そそそそれはともかくも、殿。今日の昼餉はいかがなされるのですか? お見受けした所お持ちでいられないないようですので、よろしければ私の……」 「先輩先輩先輩先輩先パーイッ!」 刀部さんの言葉を遮るようにして、梯子をやかましく駆け登る音と共にかしましい声が響く。 そして声の主が僕の腰にタックルをかけ──ようとしたところで、刀部さんに屋根に叩きつけられた。 「うわ酷いですいきなり人を放り投げるなんて私と先輩の中を引き裂こうとしてるのねハッもしかして嫉妬でも私は負けませんだって私は先輩ラブですからきゃん恥ずかしい……」 「とりあえず、いきなり叩きつけられても余裕だな鈴川……」 放っておけば際限なく続きそうなそのトークに呆れ半分、関心半分でついツッコミをいれてしまう。 「あ、いや、それはともかくも、この手を離していただけると不肖この鈴川芽依子めは嬉しく存じ上げますというか、ガッチリと関節決まってこう見えても結構痛いのですよ先輩」 「あー、刀部さん、その子は大丈夫。僕の知り合いだから、離してあげてくれるかな?」 「は、殿がそうおっしゃるのなら……」 刀部さんが鈴川を解放する。鈴川は微妙にグロッキーになりながら、直ぐに立ち上がった。 うん、相変わらず物凄いバイタリティだ。あのちっこい体のどこにそんな元気があるのやらいつも不思議でしょうがない。 「あ、あの、武屋先輩……こちらの方は……」 そんな事を考えていると、いつの間にか鈴川の後に立っていた長身の女子生徒が僕に控えめに声をかけてきた。 背は高いのだが、どこか脅えた小動物のような雰囲気が漂う彼女もまた僕の知り合いだった。 名を真田早苗と言い、先程からやたらにやかましい鈴川共々、二人とも僕の後輩である。 「……あ、ああ、そういえば早苗ちゃん達にはまだ教えてなかったっけ……」 僕は二人に刀部さんの事をかいつまんで説明する(といっても、僕も完全に理解している訳ではないのだが)。
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02/05(日) | トラックバック(0) | コメント(2) | フォーカード | 管理
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誰も待ってないであろう第三話(ぉ |
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| そんなわけで、本日二度目の更新。 何故か順調に続いちゃってますよ? 俺がビックリだ(ぉぃ)。 前回同様、文字数オーバーになったので追記に続きを。 感想、ダメ出し等あったらコメント欄に書いて貰えると大いに喜びます。 ではでは、今回もどうぞ!
「ふぅ……」 僕は自分の席に着くなり、机に伏してため息をついた。 ……理由は単純だ。さっきまで「殿の側を離れるなどとんでもない!」と言い張っていた刀部さんを必死になだめすかしていたからである。 守ってくれるのは嬉しいのだが、自分のせいでで彼女自身の立場が悪くなるというのは嫌だった。 いくら彼女がそれを意に介していなくても、だ。……もしかすると、ただの自己満足なのかもしれないけれど、それでも彼女の為になっていると信じたい。 「おはよう克己ー」 頭上から緊張感皆無の声が響く。この声は…… 「おはよう、チュウタツ……」 僕は顔を上げるとその声の主であるチュウタツ──友仲 達也(ともなか たつや)に挨拶を返した。 幼げな容貌とその中心に位置する糸のような目は緊張感を削ぎ、また細く小さい体は少年のような印象を与える。 が、それに騙されてはいけない。彼を侮り危害を加えようとした人間、はその悉くが彼の計略にかかって精神的、或いは社会的に潰されている。 「チュウタツ」というアダ名の由来は昔の中国の凄い軍師の名前で、彼の容赦の無い苛烈な作戦からつけられたものだ。友人とすれば心強いが、絶対に敵には回したくないタイプである。 「悪い、チュウタツ。疲れてるから休ませて……」 「あははー、朝から大活躍だったみたいだからねー」 僕の言葉に、チュウタツが楽しそうに答えた。どうやらもう僕の身に起こった事を知ってるらしい。 噂の伝達速度のあまりの早さに、ただでさえ疲れて重い頭がさらに重くなる。 ……いや、あれだけ派手な事したんだからすぐに広まるとは多少は予想はしてたけど。 しかし、そんな事を考えたのも束の間。 「分かってんなら休ませれー……」 半ば思考放棄しながら再度机に伏す。……色々ありすぎて脳みそがオーバーフロー気味なので許して頂きたい。 「あっはっはー、ごめんね克己ー。BJ団が動き始めてるみたいだけど、また今度に……」 「悪かった、チュウタツ」 僕はすぐに飛び起きて、回れ右をして去ろうとするチュウタツの肩を慌てて掴む。 「BJ団」。それは彼氏・彼女のいない奴等の構成する集団である。 十人の幹部と一人の策士が指揮を執り、また多数の構成員が存在するという噂だが、その実情は闇の中である。 ただ確かなのは、彼等がカップル(交際しているかは問わない)を見つけてその邪魔をする事に命を懸けている事。 そして、その際には実力行使も辞さない困った人たちであるという点だ。 ……つまりは、朝の事が誤解されている恐れは大きいというか、彼等の性質を考えるとほぼ確実に誤解されていると思われる。 少なくとも刀部さんと僕が一緒に登校してきたのは言い逃れ出来ない事だし。 「チュウタツ。悪いけど、何とかしといてくれる……?」 情報操作も得意としているチュウタツへ、事態の沈静化(&保身)を僕は頼んでみた。 「んー、条件によってだねー」 友人甲斐のないその言葉に、僕は思わずため息をつく。……そういえば、こういう奴だった。 「今度、学食で、ブルジョワ定食おごる」 「んっふっふー、りょーかーい。放課後までには何とかしておくからー。 そーだねー、取りあえずお昼休みは……そうだねー、裏庭にでも逃げといてー」 チュウタツは報酬さえ払えば仕事は完璧にこなしてくれるから安心だ。 ……本当に友達なのかとか時々疑問に思うとかそういう所はこの際おいておく事にしよう。主に精神衛生上の理由で。 「あ、先生来たみたいだから、それじゃー」 チュウタツはそう言うと、自分の席に戻っていった。 ムーンウォークなのにだが走るような速度で、しかも一度もぶつからずに席に戻れるのは何故なんだろう……。正直、色々な意味で良く分からない奴だと思う。
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01/21(土) | トラックバック(0) | コメント(0) | フォーカード | 管理
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サムラーイ! サムラーイ! ブシドォーゥ!(謎 |
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| 続かせないつもりなのに続いちゃった。しかも長くなって本文と追記を併せないと入らない有様。テヘリ(可愛さを装おうとしている馬鹿がここにいます)。 そんなわけで、侍娘さんのSS風のブツ第二段。第三段があるかどうかは不明。人気出ればやるかもやらないかも(寝言は寝てからにしろ、な?) それではどうぞ。
目覚まし時計の鳴る前に目が覚めた。割と寝ぼすけな僕にとっては珍しい事だ。 そうして、違和感を感じる。 (………………味噌汁の匂い?) 起きぬけで思考能力の働いてない胡乱な頭は深く考えることを拒否して、寝間着のままにその香りに誘われるように台所へと向かっていく。 すると、台所の方から声が聞こえた。 「お目覚めになられましたか、殿。 まもなく朝食が出来上がりますゆえ、暫しお待ちを」 まるで琴の音のような、美しくも張りのあるその声に一遍で目が覚めた。 昨日大騒ぎした少女……刀部さんが微笑を浮かべながら、僕の方を向いて言葉をかけてくる。 だが、僕の方はというと…… 「あ、あぁ、うん、えと、その……ありがとう」 動揺してそれだけ返すのが精一杯。……なんというか、実に情けない。 「いえ、当然の事ですので」 本当にそう思っているのだろう。刀部さんは間髪を入れずに僕の言葉に答えてくれる。 そんな彼女の態度に益々自己嫌悪が高まってしまい、僕は思わず押し黙ってしまう。 「……もし宜しければ着替えのお手伝いをさせて頂きますが……」 僕の沈黙をどういう風に受け取ったのか、突然とんでもない事を口走る刀部さん。 「いや! それはいらない! うん、一人で出来るから! 刀部さんはご飯を作ってて、うん!」 本気の眼をしていた彼女から逃げるように僕は自室に走って戻る。 ……刀部さんは少し赤い顔をしていた気もするが、多分気のせいだろう、うん。
服を着替え終わった僕は、居間に用意されてご飯を食べていた。 ご飯、味噌汁、それに煮物と典型的な日本風朝食だ。 食欲を誘うような良い香りもたてているのだが、悲しいかな、味など感じるゆとりはここには存在しなかった。 「………………」 「………………」 「………………」 「………………」 き、気まずい! 物凄く気まずい! 黙々とご飯を食べる僕と、それを見つめる刀部さん。そんな妙な景色が朝早くから展開されていた。 そんな空気を払拭しようと、僕は刀部さんに話しかける。 「刀部さんはご飯いいの?」 「お気遣いはありがたく存じますが、殿のお目覚めになる前に頂きましたゆえ……」 わずか十秒で会話が終了。 そんな静かな食卓は、結局食事が終わるまで続きましたとさ。シクシク……
「トントンカラリトンカラリ……っと」 鼻歌を歌いながら、いつもの様に僕は靴を履く。 そして、いつも通りの登校時間に家を出ようとすると、声をかけられる。 「殿、お待ち下さい」 「ん、どうしての刀部さ……」 僕はそこまで口にした所で言葉を失う 理由は実に分かりやすい事だった。 「登校なされるのでしたら、私もご一緒いたします……殿?」 「あ、うん、そ、そうだね」 一瞬刀部さんの姿に見ほれていた僕だが、声をかけられて我に戻る。 ……今までダサいダサいと思ってたウチのセーラー服だけど(実際、服装の自由なウチの学校ではまともに着ている人間はごく少数派だ)、完璧に着こなすとあんなに可愛くなるものなんだ…… そんな新鮮な驚きと、刀部さんの「女の子」の部分を垣間見たドキドキに心臓が速く脈打つ。 と、そこでふと疑問が浮かんだ。 「あれ、刀部さんってウチに通うんだ」 僕がそう尋ねると、刀部さんは至極当然といった調子で答えた。 「勿論であります。何時いかなる時におきましても殿を守り、支えるのが私の使命でありますから」
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01/06(金) | トラックバック(0) | コメント(0) | フォーカード | 管理
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まずは絵をご覧ください |
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| わが盟友夏野さんとチャットで相変わらずの馬鹿話を繰り広げてる最中、この絵を描かれたのに反応して思わず俺が即興で作り上げたプロローグ風のブツ。執筆時間は一時間くらい。 俺は続きを書きませんが、続きを書きたい奇特な方はご自由にどうぞ(笑) それではお楽しみください
ピンポーン、ピンポーン。 夜の帳が世界を完全に覆いつくす午後九時過ぎ。 玄関のチャイムが俺を急かすように鳴っている。 僕はその音に誘われるように玄関に向かい、扉を開くと、そこには一人の少女が立っていた。 美少女と分類できる美しい顔立ちだった。しかし、そこに感じたのは大きな違和感。 理由は二つあった。 一つ目の理由はそこに宿った強い意志。敵意ではないが、並々ならぬ覚悟の感じられる瞳が僕を射抜いていた。 そして、もう一つの理由は……腰に下げた普通の人間なら持ち歩かないような、長い棒状の物体。 そして、僕はその物体に見覚えがあった。──見間違いであれば嬉しい、と思った。 「殿、如何なされました?」 僕の沈黙を不審に思ったのか、少女が僕に声をかけてきた。 「え、あ、いや、なんでもないです……って……殿?」 聞きなれない言葉をかけられ、僕は思わず聞き返した。 「はい、古の約定に基き、刀部(とうべ)の要(かなめ)、ここに馳せ参じました」 彼女はそこまで言ったかと思うと、突然傅いて僕に頭を垂れた。 「…………はいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」 あまりの事態に脳味噌の処理能力をオーバーした僕は、思わず叫んでしまった。……いや、無理もないよね?
「で……その、刀部さんは……僕のご先祖様とした約束を守りに僕の所に来た、とそういう事でいいのかな?」 「『要』で結構です。御問いになられた件については、殿の仰るとおりと存じます」 彼女の出してくれたお茶を飲みながら、僕は彼女についての大まかな話しを聞くことが出来た。(最初は僕が入れるつもりだったのだが、彼女が「殿にそのような事をさせるわけにはいかない」と強弁した為彼女に入れてもらう事になった) 曰く。僕の家は江戸の時代に小さいながらも大名で、彼女の家はそこに仕える家老だったらしい。 だが、時代は変わり江戸の世が終わりを告げた時、彼女の家と僕の家は遠く分かれる事となった。 その時、当時の彼女の家の当主はこう約束したそうだ。 「時至らば、再び我等は殿の懐刀としてその身を捧げたらしめん」と。 そして、今年が彼等が約束したその年……という事だ。 僕が実際に関わってなければ良い話だと思うんだけど……その、なんというか、困る。色々と。 特に両親が長期出張に出かけてる今だと、こう、青少年的な部分において。 「えーと、刀部さん?」 「はっ!」 刀部さんは僕が言葉をかけると、ピンと背筋を伸ばす。一言一句も聞き逃すまい、そんな態勢だ。 うう、罪悪感がわくなぁ……。 「その、悪いんだけど、さ、えーと……僕の家もそんなに困ってないし、その……刀部さんの家が律儀に約束を守る必要は無いと思う、うん」 僕が言葉を選びながら刀部さんに言うと、彼女はよほどのショックを受けたらしくその場に崩れ落ちた。 「あ、違うから、刀部さんがダメとか、そういう話じゃなくて……」 「いいのです、殿。……不必要と仰せならば、それも致し方の無い事です」 僕が説明を試みようとすると、刀部さんは僕の言葉を遮って言葉を発した。 相当のショックを受けてる模様だった。……やっぱり言葉を選んだ方が良かったかも……。 僕がどう慰めたらいいものだか考えていると、彼女は床に座り込み懐から何かを取り出した。 何だろう、と思って覗き込み……思わず声を上げた。 「ちょ……ちょっと刀部さん! 小刀なんか取り出して何やってるんだよ!」 叫びながら僕は彼女の腕を取る。 「殿、お放し下され! 不必要とあらば私めがここに在り続ける理由は無用! どうかお情けを!」 「不必要だなんて言ってないだろ!?」 「ですが、先ほどは私に……」 「だからそれはそういう話じゃなくて……」 お互いに取っ組み合いながら口論する。 それが五分くらい続いただろうか。 「ですから、殿のおそばに居れぬならば私が在り続ける理由など……」 意固地な刀部さんに僕も血が昇ったのか、その言葉に思わず叫び返した。 「わかったよ! 僕の傍に居ていいよ! でも、僕の言う事は聞いて貰うからな!」 すると、先程までの抵抗が嘘のように彼女はその動きを止めた。 「……真でございますか」 喜びのこもった眼で僕を見る刀部さん。……流石にこんな眼で見られると僕も「ノー」とは言えない。 「う、うん、ホントホント」 照れ隠しに視線をそらして早口に言葉を返す僕。 「ありがたき……幸せ!」 彼女はそう言って平伏する。そんな彼女を見て僕は思う。 (こりゃあ……明日から苦労しそうだなぁ……) そして、それは……現実にそうなる事となった……
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01/03(火) | トラックバック(0) | コメント(0) | フォーカード | 管理
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