その2 |
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| 「……疲れた」 僕は、HRが終わるなり思わずため息をついた。 昨日の夜から今に至るまで色々ありすぎて、心を落ち着ける暇が全く無い。ため息の一つも出ようと言うものだ。 だが、あとは帰るだけである。家に帰れば多少は落ち着く事も出来る。 早苗ちゃんたちは用事があるそうだし、これ以上の騒動も起こるとは思えない。 ……だが、そんな考えが甘かった事を僕は直後に思い知った。 「それ」が起こったのは、階段だった。 その時、僕は「今日の晩飯は肉にしようか魚にしようか」とどうでもいい事を考えていたので「それ」の予兆を掴む事が出来なかったのだ。 そして、「それ」は唐突にやってきた。 人の動く気配。 体が宙に浮く感覚。 突然目に入る薄汚れた天井。 そして、背中に伝わる軽い衝撃。 つまるところ、僕は完璧に「投げられた」のだ。 しかし、いきなりの事に軽い放心状態に陥っていた僕は、その事にすぐに気付けなかった。 「貴様……殿に狼藉を働くとは……許せん!」 僕を正気に戻したのは、刀部さんの怒りを隠そうともしない声だった。 刀部さんの手が背中の刀に伸びる……って、おい!? 「それはこちらの台詞! お嬢様に軽々しく触れようなどとは不届き千番! この拳によって二度とそのような事が出来ぬよう成敗してくれる!」 僕を放り投げた人物──ショートカットの中性的な顔をした男子の先輩(ウチの学校は靴の色で学年がわかる)が、それに答えるように言葉を返す。 なんだか、ひどく剣呑な雰囲気だった。 流血沙汰になりかねないその勢いに、僕は慌てて刀部さんを止めに入った。 「と、刀部さん! 僕が不注意だったんだから止めて!」 「……止めぬか、剣人」 僕が刀部さんを止めるのとほぼ同時に、静かだが威圧感のある声が響いた。 「し、しかし、殿……」 「『しかし』も何もない! 流血沙汰になるような事は絶対に駄目! これは命令だから!」 僕は本気で刀部さんを叱る。 流血沙汰なんか見たくなかったし、それが怒ってしまったら相手に、そしてなにより刀部さん自身にも振りかかるのは不幸だけだ。 「は……申し訳ありません……」 彼女が僕の為を想い動いてくれているのは知っている。だからこそ強く言ったのだけど、ちょっと強く言いすぎたかもしれない…… 「……済まぬの。こやつにも悪気はないのだ。許してやってくれ」 僕が心中で反省していると、先程の声の主──扇子を持った、独特な言葉遣いの先輩が僕に頭を下げて来た。 長く透き通るような黒髪と艶のある美貌に、状況を忘れて一瞬眼が取られるがすぐにそれを吹き飛ばす。 「いえ、元々はこちらの不注意ですから……こちらこそ、すいませんでした」 先輩の丁寧な態度に応えるように、僕も慌てて頭を下げ返す。 「ほほ、それはこちらも同様じゃ。 ヌシが頭を下げる事ではない。それともワシも頭を下げたほうがよいかの?」 先輩は扇子で唇を隠しながら、僕をからかうように上品に笑う。 その仕草に、思わず先程まであった剣呑な雰囲気の名残が消えていく気がした。 しかし、僕たちのその様子を見て先程僕を放り投げた方の先輩が不満そうな声で呟く。 「……何もお嬢様が頭を下げられる事は……」 「黙れ剣人。相手に害意が無く単なる不幸な偶然であるのは明々白々。 なれば、主同士がお互いの非を認め和解をするが最良の道に決まっておる。 ……それとも、ヌシはワシがこれ以上の恥をかくことを望んでおるのか?」 独特の言葉遣いの先輩は、先程僕に頭を下げたのと同一人物とは思えぬ威圧感を見せる。 彼女が連れの男の先輩──名前は剣人と言うらしい──に扇子を突きつけて言うと、彼は膝を追って頭をたれて答える。 「差し出がましい口をはさみ申し訳ござりませんでした、お嬢様」 「うむ、分かれば良い。以後、気をつけよ」 そのやり取りは異常以外の何物でもなかったが、しかし、一欠片の不自然さも感じさせずにそれは進行されていた。 まるで、それがありふれたやり取りであるかのように。 この二人ってどういう関係なんだろう? 僕の頭にそんな疑問が浮かぶが、それが形になる前に新たな驚きが僕を襲う。 「重ね重ね済まぬの。 こやつは、あまり融通がきかぬのでな。気分を害してはおらぬか?」 「あ、いえ、大丈夫です……」 「ふふ、中々に寛容よの……ええと」 僕の答えに先輩は再び上品に笑い、言葉を続けようとして……そこで言葉が止まった。 どうやら、名前を呼ぼうとしてそれを聞いていない事に気付いたようだ。 「あ、武屋です。武屋 克己。後ろにいるのが、刀部 要さん」 「ほほぅ、ヌシが武屋か……なるほどのう……」 「は……?」 先輩の一人納得したような呟きに思わず僕は思わず妙な声を出してしまった。 ……僕はそこまで有名人ではないと思うんだけど……いや、まぁ、確かに一部の人間にはいわれの無い恨みは買ってるけど…… 「ほほ、こちらの事よ。ヌシが特に気にするような事ではない。 ……おぉ、そうだ。ヌシだけに自己紹介させては礼に反するな。 ワシの名は九宝院 麟華(くほういん りんか)。そして後ろにいるのが立上 剣人(たてがみ けんと)。以後、宜しくの」
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03/25(土) | トラックバック(0) | コメント(1) | フォーカード | 管理
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神降臨の成果 |
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| そんなわけで久しぶりのSS更新。 長くなったので今回は二つに分けて。
僕は詫びの意味もこめて、刀部さんのお弁当から手をつける事にした。 そう思って弁当の蓋を開けて、そして驚いた。 そこにあったのは、おにぎりにきんぴら、醤油の染みた煮物に卵焼きといった実に美味しそうな純和風の料理の数々だった。 落としたせいで若干偏りは出来ているものの、彩りの美しさも見事なものである。 とはいえ、そのまま見ているだけというのも間抜けなのでまず箸を手に取って弁当に向かい合う。 「……………………」 「……………………」 箸を持つ僕を刀部さんがじっと見つめている。 ……大変に食べづらいのだが、さっきの例もあるのであえて気にしない事にして、煮物から箸をつけ始めた。 一口、二口と味わうと、口の中にえもいわれぬ旨味が広がっていく。 食べた事は無いけれど、きっと一流料理人と呼ばれる人々の料理はこういう味なのだろう。 そう思わせるほど、見事な味の弁当だった。 「うん、凄く美味しいよ、刀部さん。わざわざ作ってくれてありがとう」 すぐに全部食べたい気持ちを抑え、僕は刀部さんへの礼を言った 「……いえ、お役目ですから」 しかし、刀部さんから返ってきたのは短く返事だけだった。 ようやく調子を取り戻してきたらしい刀部さんの対応に僕は思わず苦笑する。……刀部さんの頬に少し朱が刺してるように見えたのは、たぶん気のせいだろう。 少しそんな事を思った後、僕が再度箸を動かしそうとすると脇から声がかけられた。 「えっへっへー、先パイ。私たちもご相伴に預かっていいですか?」 僕の食べっぷりに触発されたのか、鈴川が僕のお弁当をねだってくる。 「ん、僕は別に構わないけど。刀部さんも良いよね。」 「……あ、はい。殿がよろしければ」 一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐに刀部さんから快い返事が戻ってきた。 「ありがとうございます、刀部先輩!」 鈴川は芝居っけたっぷりに敬礼をすると、自分の箸を手にとって卵焼きを口に入れる。 すると、鈴川は突然立ち上がって叫んだ。 「う・ま・い・ぞーーーーーーーーーっ!」 「……それは分かったから、座って静かに食え」 僕はせっせと箸を動かしながら、鈴川をたしなめる。こんな事で驚いてたり怒ってたりしてたらこいつの先輩は出来ない。 「ぶー、先パイノリが悪いです。美味しいもの食べたら涅槃に旅立ったりお城と合体したりするのは常識ですよ?」 膨れ面で無茶苦茶な事をいう鈴川。というか、お前はどこかの料理会の会長か。 「あ、あの……私も、その……お、お弁当、頂いていいですか?」 「もちろん。ほら、好きなのとって良いよ」 僕はそう言って、早苗ちゃんにお弁当箱を差し出した。 「あ、ありがとうございます……」 早苗ちゃんは、僕と刀部さんに礼をしてきんぴらに箸をつける。 上品にニ、三度顎を動かした後、喉を鳴らす。 「凄く美味しい……」 驚いたような口調で、早苗ちゃんはお弁当を見つめた。 ひたすらにじっと刀部さんのお弁当を見つめていた。……よほど驚いたのかな? 「……負けない」 僕が意識を再びお弁当に戻した直後、早苗ちゃんが呟いた。 「ん、何かいった早苗ちゃ……」 しかし、僕はその言葉を聞き逃してしまったので、聞きなおそうと顔を上げて……驚いた。 早苗ちゃんは僕の眼をじっと見据え、身を寄せてきていた。 「鬼気迫る」とでも表現するのがふさわしい早苗ちゃんの様子に、僕は思わず後ろに倒れかけた。 「武屋先輩、私、明日もお弁当作ってきてもいいですか?」 「あ、う、うん。もちろん、喜んで……」 早苗ちゃんの迫力に気圧されて倒れこみそうになりながらも、どうにか答えを返す僕。 「あ、ありがとうございま……すぅ!?」 僕の答えを聞くと同時に、早苗ちゃんから妙な迫力が消えていった。 同時に、驚いた顔をしたかと思うと、弾かれたよう一気に僕から距離を取った。先程までの迫力が嘘のようだ。 ……というか、さっきのやり取りのどこに早苗ちゃんの心に火をつけた所があったんだろう? 解けない問いに頭を悩ませながら、僕は昼休みの残りをお弁当との闘いに捧げなおした……
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03/25(土) | トラックバック(0) | コメント(0) | フォーカード | 管理
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